井上友庵の医療道具(9)歯科道具
井上友庵の医療道具(9)歯科道具
◆友庵は口中科(歯科、舌診など)関係の道具を購入しています。「一 口中三ツ道具 代拾匁五分、 一 口中焼金 壱本 代四匁五分、 一 焼金 但品々取合 六本 代三拾七匁、 一 口中吹筒 尤真鍮 壱本、代四匁五分、 一 口中剃刀 壱挺、代弐拾五匁」と、三つ道具のほか、口中焼金1本、口中吹筒 真鍮1本、口中剃刀1挺などです。 ◆三つ道具とは焼金や口中針(歯間掻き用)・刺針でしょう。下の写真は金沢の鉄商鶴屋和作が作成した『外療道具見本帳』(文化8年=1811)からです。鶴屋和作は、京都の華岡流外科道具をモデルに、さまざまな医科道具を作って販売をするためにこの見本帳を作成しました。見本となったのは、ヒストロスなどがみられるので、おそらく真龍軒安則の医科道具と考えられます。文化年間になると、地方医師の増加により、京都以外に医科道具の需要が高まり、製造拠点が広がったことがわかります。 ◆参考までに、文化7年の金沢の町方人口が5万6000人ほど(『金沢市史』)で武家人口もあわせると10万人を越えていたでしょう。別の調査では、18...50年ごろ、江戸1150000人、大坂330000人、京都290000人、名古屋116000人、金沢118000人(斎藤誠治, 「江戸時代の都市人口」、 『地域開発』、 9月号、 pp. 48–63 、1984)ですので、これらの都市には、こうした外科道具屋が存在していたことでしょう。 ◆焼金は、焼いて歯にあて治療するための道具で、40歳以上の者には、焼き金をよく焼いてジリジリというほど傷む歯に直接あてるとされ、1日2回施術をする。女子や臆病者には軽くあてるとあります(『口中秘嚢』)。 ◆刺針は歯疳(潰瘍性歯齦炎)などの場合、歯齦(はぐき)の皮に浅く刺して、一日に一度血を取り、胆礬(銅鉱石中に自然に精製する藍色のガラス状結晶顆粒で含水硫酸銅 CuSO4・5H2O の結晶)や乳香散(口中一切之薬)などの薬を付けます。あるいは、宣露(歯肉の大きな腫れ)には、歯根に対して銅の焼金であたため薬を付けます。舌の腫れなどにも針を使いますが、口には、上唇と下唇、上下腮(えら)の綿肉、奥歯のない部位などは針を使ってはいけないとされます。 ◆口中吹筒は、口内の患部に薬を吹き付けるために使います。口中剃刀は、歯肉や舌の腫瘍などを切るときに使うのでしょうが、1挺25匁と結構高価なので、かなり特殊な剃刀だったと推察されます。(1両を60匁とすると12分の5両。1両を10万円とすると、42000円程度になります。) ◆痛む歯は最終的には抜くことが基本でしたから、抜歯の道具も発達しました。いまでいうペンチや釘抜きのようなもので抜くのですがかなり痛いようです。抜歯後の止血薬には、蜀椒(ショクショウ、さんしょうのこと、歯痛によし)、モグサ(止血)などを使います。